一人ぼっちのピアノ

Short story -短編-
この記事は約19分で読めます。
スポンサーリンク

Angels ladder

ある深い森の中。かつてはお屋敷だった廃墟の中に、廃れたピアノが佇んでいる。壊れた屋根の隙間から光の帯が梯子を作り、ピアノと埃を反射する。

「雲の切れ間から降りる光はエンジェルラダーって言うんだよ」

とピアノは昔、誰かが言っていたことを思い出す。

「見ると幸運が訪れるんだって」

確かそんな話をした。

屋根から降りる光と気温が、今日が晴れだと知らせてくれる。

雲の切れ間とは違うけど、ピアノはこんな麗かな日は、幸せだった日のことを、いつもいつも思い出す。

(初めてお屋敷に迎えられた日。新品でピカピカのぼくは、小さなお嬢様へのプレゼントだった。

可愛らしいお嬢様は大喜び、家族の方も温かく迎えてくれた。

毎日毎日、歌って弾いて、それは楽しそうに弾いてくれたお嬢様。

賢明に練習して、両手で弾けるようになり、練習のし過ぎで手首を痛めてしまったこともある。ぼくは心配でどうしようも無かったけど、お嬢様は発表会で賞を貰い、お屋敷でパーティーを開いたこともあったっけ。

どの日もみんな幸せだった。

お嬢様があまり弾かなくなってからも、それでもぼくは幸せだった。何故ならお母さまが弾いてくれたから。お父様も隠れて弾いていた。いつもぼくはピカピカだった。

その頃ぼくは理解する。お嬢様がお屋敷から、居なくなっていたことを。

ある日、調律師が音を調べにやって来た。鍵盤を叩き、金具を回し、ボクのことをなかなか良いと言っていた。ぼくを欲しいと言う人がいて、ぼくを調べに来たらしい。お父様、お母様は考えた末、ぼくを残してくれたっけ。

お嬢様は元気だろうか。またいつか会えるだろうか。ぼくを思い出してくれる事はあるだろうか…。ぼくの事でなくてもいい。曲を思い出してくれるだけでいい。途中までしか弾けない曲。あの曲は、本当はどんな曲だったんだろう? でもぼくは好きだった…)

ピアノは一人になってから、沢山の日々を過ごしてきた。晴れの日も雨の日も風の日も雪の日も。一人になって不安になって怖くなって寂しくなって。だから、今は幸せだった記憶を思い出すだけで十分で、ピアノは何度も思い出す。

光の梯子はすでに消え、ぽかぽかと暖かかった昼も過ぎ。色々な思い出を繰り返し思い出し。ただ時間だけが過ぎてゆく。

ピアノは今日も一日幸せで、空は夕暮れに変わっていた。

Lunar rainbow

この時期、森は夜になると、様々な音楽を流し出す。ピアノはそんな音楽も、聞き耳をたてて聞いていた。

(ぼくは人間に弾いてもらわないと音楽にならないけど、ぼくと違って、彼らは自分で音楽を作り出す)

ブォー、ブォーと低音が、バサバサと羽ばたく打楽器に、ホォーッホォーッと歌う声。その中にコロコロ、キリキリと高音が、カナカナ、ジーと鳴る音も。

ピアノは、小さな『友達』が仲間を呼んでいることを知っていた。

(今日も楽しい冒険をしたのだろうか、今日もぼくに会いに来てくれるだろうか? 昔、彼らはぼくの大敵だった。ぼくの体が彼らに食べられてしまうから。使用人たちは防虫剤で彼らを防ぎ、ぼくに容易に近付けないようにした。でも今は違う)

「こんばんは!」

「やあ、こんばんは!」

彼らはピアノの元にやって来た。ピアノは彼らの話を聞くのが好きだった。彼らは音楽好きで仲間好きで、明るく楽しい冒険家。代わる代わるにやって来て、今日の出来事を語り出す。

「今日は町まで行って、出来立てのジャムを食べてきた!その時人間に追いかけられて、何度も何度も叩かれたけど、人間の奴、全然ぼくに当たらなくて、凄い悔しがってたんだ」

「俺は高級レストランの中に入ったことがあるんだぜ! 何人も血眼になって俺を追いかけて来たが、窓から逃げられたお陰で助かった〜!」

「人間よりぼくは雨の方が怖いよ。雨で羽がぬれて飛べ無くなったらと思うと、本気で怖くて眠れない」

彼らはピアノに今日一日を、どれだけ楽しくて有意義に生きたかを自慢する。

「人間が作ったものなんかより、池のほとりの花の蜜の方が全然美味しいし」

「そんな事は皆んな知ってるよ。けど、人間を揶揄ってやるのが面白いんじゃないか」

「人間が作ったものを食べてやる。スリルを楽しむのが冒険さ」

「でも人間なんか怖くないんだろ? それなら本当の冒険じゃないじゃないか」

「じゃあ、明日は太陽に向かって飛んでみよう」

「それなら、あたしは綺麗な川を下ってみるわ」

彼らと明日また会えるとは限らない。彼らは今日出会って、明日別れて、今が楽しいだけでいい。

けど彼らはピアノにいつも楽しい話しを聞かせに来た。彼らは歌う事も大好きで、ピアノも彼らの歌が好きだった。彼らは歌い、話し、歌い、話し。夜はにぎやかに更けていく。

彼らは人間が嫌いだった。

「ほんと、俺を見ただけで悲鳴をあげるんだ。まったく失礼な奴らだぜ」

でもこれにはピアノも立つ瀬がない。ピアノも彼らが怖かった。

「この前、籠に入れられた仲間を助ける為に、人間の前に飛び出してやったんだ。そしたらあいつら、あんなでっかいくせに、きゃ~!!って言って逃げてくんだぜ、その上追いかけてくと泣き出したんだ」

あははは、と大笑いする友達たち。ピアノはちょっと苦笑いした。

(ぼくも昔だったら逃げ出すよ。みんなは小さいけれど、ぼくの体を食べちゃうし、昔は本当に怖かったんだ)

ピアノは彼らにこう言った。すると彼らはこう返す。

「それを言ったら俺たちの方がよっぽど怖いよ。パンッて一発でぺしゃんこだ!」

「ホント、一発。お陀仏さ」

「そうさ! ぺしゃんこでお陀仏だ!」

「あははっははははっ」

キリキリ、カナカナ、コロコロコロコロと、笑いながら陽気に仲間を呼ぶ。

ピアノが彼らと出会ったのは、数年前の梅雨から夏。一匹の虫がピアノの中にいきなり飛び入り、彼らから話しかけてきた。

「悪いな、雨宿りさせて貰うぜ」

(その頃のぼくは、体の所々に穴が開き、もう虫を怖がる意味がないほど壊れていた。それでも虫と話しをするのが怖かった。彼らが僕の近くに来ている事も、入ろうとしている事も知っていた。けど、どちらにしろぼくは動けない。逃げる事も防ぐ事も出来ないし。だからただ黙っていようと思ってた。なのに彼らはちゃんとぼくに挨拶をする。だから、君たちの好きなようにしてくれていいと言ってみた。すると彼は

「ありがとう、雨が止むまででいいんだ。僕等は雨に流されたらお陀仏なんだ」

と、そう言った。ぼくがお陀仏の意味が分からなくてお陀仏とは何かと彼に聞くと

「仏様になっちまうって事さ。すげーだろ? 虫けらが神様だぜ!」

と、彼は笑いながら歌い出す。ピアノの中で歌う彼。もう鳴らないと思っていたぼくの体の中に、彼の歌が流れ出す。

「もしかして君はピアノっていうのかい? 君は音楽を奏でる事が出来るんだろう? 僕は君の仲間の歌を聞いた事がある。街でとっても素敵な歌を歌っていた」

ぼくは忘れていた感覚を思い出すと、彼は続けてこう言った。

「僕たちは音楽を奏でる事、歌う事で仲間を作るんだ。僕たちと一緒に演奏しよう。僕の仲間になってくれよ!」

その時、ぼくは本当にびっくりした。虫から仲間になろうなんて言われるなんて思ってもみなかった。そう言われて喜んでいる自分の気持ちにも驚いた。

でもぼくはそれが叶わないことも分かっていた。だから誘ってくれた事に感謝して、人間がいないと音楽が鳴らせないことを説明した。なのに君たちは

「じゃあ、仲間になれないなら友達になろう!」

そう言ってくれたっけ。ぼくは動けないし壊れている。何も自分で出来ないと伝えても

「友達になるのにそんなものが必要かい?」

そう言うと、彼らは雨が止んだ夜の中、明るく陽気に歌い出す。

「君が何もできないくても構わない。それより友達になろう、話をしよう。僕らは冬まで生きられない。けど君は次の冬も越せるだろ? 来年、僕らの子供や仲間たちに会ったなら、僕らの話しをしてくれよ。僕らがどんな冒険をして、どんな歌を歌ったか。僕の話をして欲しい」

彼らは雨が止んだ夜の中、明るく陽気に奏で出す。そして今年もぼくは彼らの子供たち、仲間たちと会った。彼らはいつも変わらない。

「君から聞いた去年のぼくらの仲間のように、ぼくらも冬まで生きられない。でもそんな先の事はどうでもいい。いっぱい世界を見て、仲間を増やしたい。音楽を奏でて、冒険をする。それが僕らの幸せさ!」)

以後ピアノは彼らと友達になった。今、ピアノが彼らの事を怖くないのは、自分に穴が開いているから? すでに壊れているから?と考える。

(でもどれも違う気がする)

ピアノは本当の答えが判らなかった。

Lightning

ピアノは雨は嫌いだった。汚れるし、塗装が剥げるし、水は弦をサビさせる。以前、雷が落ちて屋根が壊れてからというものの、雨が降ればびしょぬれだった。雨の降る日はただ憂鬱。ピアノには嫌な考えしか浮かばない。

(この屋敷から家族が消えてから、人間は誰も来なかった。今、人間がここに来て、ぼくを見つけて、親切に直そうとしてくれたとして、それでも、もうぼくは直らない。そのくらい長い間ぼくは一人で過ごしてきた。もうどうにもならないくらいに、サビて壊れているのは判ってる)

ピアノは陽気な虫たちとももう会えない。雨水に彼らが流されて来るのを何度も見た。雨の後の輝く美しい水滴も、全ては雨がやんでから。空が泣きわめく嫌な時間を、ただ憂鬱にやり過ごす。すると降りしきる雨音とは別に、遠くでゴロゴロと音がした。

(雷だ)

どんどん雨脚が強くなる。音は徐々に近くなり、時折落ちる音がする。光と音の時間差も、だんだん短くなってくる。今ピアノが雨ざらしになっている原因。屋根を壊したのは雷だ。

(あの雷が落ちた時、最初はぼくに落ちたかと思った。気を失って目覚めると、屋根から光がこぼれていた。以来、ぼくは雨ざらし。腐るわサビるわ壊れるわで、もう元に戻れない。でもそれは、いままでぼくを守ってくれた屋根も屋敷も一緒だった。屋敷と屋根とぼくは、今までずっと一緒に過ごしてきた。屋根にも屋敷にも何度か話しかけてみたけど、彼らとは一度も話せたことが無い。もし彼らと話せたら、どれだけ気が楽だっただろう。一緒にあの雷の日の事を話し合ったに違いない。彼らもどんどん壊れてしまい、もう元には戻れない)

ピアノはそれ以来、雷が鳴る度

(次はぼくの番だろうか)

と考える。

(屋根は穴が開いたまま。雷は金属に落ちると聞いている。ぼくは格好の標的だ。虫たちだったら、きっと笑って歌うだろう。そうだ。今度生まれ変わるなら虫がいい!)

ピアノは無理やり楽しいことを考える。

(彼らにとって稲妻はピカッと光るイベントだった。洪水、閃光、どんなふうに乗り越えてやろうと、ワクワクしながら歌っていた。ぼくも彼らになったつもりで、今どうするかを考えよう。自分で考え、自分で選び、自分で答えを出す。明日の事も分からないけど、陽気に、楽しく、明るく。よし!)

雷に対して腹を決めたピアノは、精いっぱいの笑顔を作る。

(もう雨なんかに負けないぞ、サビだって怖くない、いっそ大雨になればいい!)

ピアノの声に応えるように、勢いを増す雨と風。風はごうごうと吹き、光が木を引き裂いた。

(来たな、雷。それならぼくに落ちてみろ。壊せるものなら壊してみろ!)

殴りかかるように雨が降る。風に揺れる木と、色々なものが飛んでくる。

(雨なんかじゃ壊れない! 雷、ぼくに落ちて壊してみろ!)

ピアノが空に向かって言えば言うほど、雨が降り足元は洪水のように水が流れる。豪雨の騒音と風の音、強光と雷鳴が間を置かず、更に近くの木々を燃やしていく。

(いいぞいいぞ!ぼくの言葉が通じてる!雷落ちろ!雨よ降れ!)

大きな雨粒は滝のようにピアノの鍵盤を叩きつけた。と、その時

ピン…

(!!)

ピアノは驚く。

(…ぼくの音。が、鳴った?)

…ポン。

ピアノの聞き違いじゃない。ブレでよれた金属音。だが昔のように音が鳴る。雨で押される鍵盤の内、わずか数本、サビて緩んだ残された弦が、ピアノの中で音を出す。

(鳴る。鳴った!)

暴風と豪雨。瓦礫も屋根も更に砕けて舞い上がる。屋敷の板は、バタバタと音を立てて抗議した。雷鳴も雷光も尚一層大きくなる。その中でわずかに鳴ったピアノの音。ピアノは風で震えるように揺れていた。

(大嫌いな雨、屋根を壊した雷、なのにぼくは…)

ごうごうと唸る風。バシャバシャと横殴る水。滅茶苦茶で何もかもが判らない。

(こんなに狂った音で。それでもこんなに嬉しいなんて)

閃光が走る。屋敷に落ちる雷。遅れて地響く落雷音。横殴りの雨と暴風が一気に屋敷の壁を壊す。屋敷の破片が、ピアノに襲い掛かって来る。叩きつける雨は滅茶苦茶に鍵盤を殴りつけ、残された弦がピアノの今出せる音を奏で出す。音と言えない酷い音。自身の予想より遥かに惨い。

(ぼくはやっぱり壊れていた、狂っているし、まともじゃない!)

ピアノはもう笑い出すしかなかった。それでも精いっぱい、明るく、陽気に。

(雨なんかに負けないぞ!)

雨が降り、風は巻く。

(もっと降れ。僕を壊せ!)

光と音が炸裂する。

(雨、雷! やっぱりぼくは、お前たちなんか大嫌いだ! 今更ぼくの願いをかなえてくれても、屋敷の屋根を壊し、友達を流し、ぼくをサビさせるお前たちを、ぽくは絶対好きになんかならないぞ!)

ピアノの体の木が剥がれ、金属部分がむき出しになる。

(屋根も屋敷も虫たちも、みんなお前が壊したんだ!もう友達は誰も居ない、だから…ぼくも皆の所へ連れていけ!!)

轟音と同時の閃光が、ピアノの世界を真っ白にした。

Rabbit foot

(走れ!走れ!速く早く!)

真っ白な雪の森。逃げる野ウサギと追う猟犬たち。走るウサギの耳に、遠くから発砲音が聞こえてきた。

「わんわんわんわん!」

逃げる野ウサギを追い詰める猟犬。ウサギは巧みに木々の間をくぐり抜け、右へ左へと駆け抜ける。

(お父さんは捕まった。お兄さんとは逸れた)

犬がウサギに飛び掛かる。が、ウサギが左にかわした為、雪の中に突っ込む犬。ウサギが避けた場所。目前に現れる大木を、ウサギはすかさず避けきった。後続の犬は木にぶつかり、避け切った犬はそのままウサギの後を追う。

(お母さんが待っている。速く、早く帰るんだ!)

再び発砲音が森に響く。鳥達が飛び立つ音がする。

(知ってる。ボクは捕まればシチューになる。毛皮は剥がされ帽子になる。後ろ足はお守りに)

ウサギが横たわる木を飛び越えると、更に大きな木が現れる。慌てて避ける。が避けた後、足元の木の根に足を引っかけた。勢いで転び、すかさず立ち上がる。しかし容赦なく犬が襲い掛かる!

(!!)

ウサギは間一髪、木の隙間に狭い隙間を見つけ、雪をかき出し潜り込む。ウサギを見失い戸惑う犬。しかしウサギが掻き出した雪にはウサギの血の跡が残っていた。ウサギが隙間を進んでいくと、雪に埋もれた瓦礫を見つける。

(隠れる所が沢山ある。だけどぼくの血の匂いがする。あいつらはぼくを追いかけて来る)

傷ついた足を引きずるウサギ。

(走りたいけど走れない。隠れなきゃ。うんと頑丈でうんと入口の狭い場所)

ウサギは雪の中、瓦礫の隙間をくぐり抜け、黒くて大きい「箱」を見つけた。所々に穴があるが、瓦礫の隙間よりは安全だろうと、その時のウサギはそう思った。少しだけでも休みたい。ウサギの疲労は限界だった。疲れてケガをしていたからなのか。その時のウサギはそう思いたかった。

「箱」の穴にはいると、中には金属が詰まっていた。木のからくりに金属の板と、細い糸、罠のような金属。鉄の線はサビてほとんど切れている。

(でもこれは、ウサギ用の罠じゃない)

ウサギは罠じゃないと確認すると、箱の隅で小さくなる。箱の中は暖かい。

(あの時お父さんに

「逃げるんだ、速く!」

そういわれて散り散りに逃げた。冬は食べ物がどこにも無い。動物もそうだ。人間もそうだ。あの時、ぼくには聞こえたんだ。人間がぼくの後ろ足はお守りにすると。捕まえて足を切り、お守りにする。肉は食べ、毛皮は帽子にして売るんだと。そのお金でお母さんの病気を治すんだと)

涙ぐむウサギ。

(だからまだ沢山ウサギが要ると、沢山沢山要るんだと、お父さんの耳を持ってあいつらは言ったんだ。ぼくだってお母さんがいる。お父さんもお兄さんも弟もいる。ぼくは春に咲く一面の花、綺麗な野原が見たい。野菜をお腹いっぱい食べたい、皆と一緒に遊びたい!)

バン!

乾いた発砲音がした。ウサギはビクっと体をこわばらせ、ぶるぶると震えだす。

(あいつらはぼくを食べようとしている、お守りにしようとしている。ぼくも野菜を食べるけど、ぼくはお守りなんていらない)

更に身を小さくするウサギ。

(あいつらは今までに僕の仲間を沢山捕まえた。今日もお父さんが捕まった。お兄さんともはぐれた。ぼくたちの足は、人間にはお守りなのに、神様はボク達の事は何も守ってはくれなかった)

人間がザクザクと雪を踏む音がする。犬の声が聞こえない。

(ぼくはシチューになんかならない。もしぼくをシチューにしたら、あいつら全員シチューにしてやる。お守りにだってならない。ぼくをお守りにしたら、あいつら全員呪ってやる。神様だってそうだ。ぼくのことを帽子にしたら、神様の皮を剥いでやる)

雪を踏む音が止まる。うう~っ、と犬のうなり声。

(もしぼくの前世が人間で、あいつらがウサギだったとしても、そんなのぼくは覚えていない。今のぼくは何も知らない。悪くない!)

「わんっ!!」

ウサギを見つけた犬は、穴からウサギをかき出そうと、金属も破片もものともせず、全力で足をねじ込んだ。

「わんわん!ぎゃんぎゃん!」

ザクザクザクと雪を踏む音が近づいて来る。猟犬は容赦なく前足を穴に突っ込んで、箱からウサギを掻き出そうとした。

(怖い)

犬が無理やり穴を広げてこじ開ける。

(まだ生きたいよ。お守りなんかになりたくない)

バンッ!!

大きな音と、木の破片とが落ちるのと同時に、箱の上に穴が開く。暗い箱の中に光が差し、人間のシルエットが影になる。人間の目には、箱の隅にいる小さなウサギが見えていた。

ガチャリ。

人間が機械を構える音がした。

(いやだよ神様。なんでお守りにされなきゃならないの? ぼくは食べられる為に生きてるの?)

ウサギは最後に泣きながら神に祈っていた。

(神様!)

ウサギが初めて祈ったその時。犬の攻撃に耐えかねた、サビた細い金属がはじけ飛ぶ!

「きゃん!!」

「うわっ!!」

驚いた人間と犬。犬は細い金属が当たり弾かれた。思わず避けた人間は、はずみと反射で狙いを外し、発砲弾が屋根を撃つ。雪の重みで残された屋根が崩れ落ち、人間と犬が下敷きに。その隙に、野ウサギは外へ逃げ出した。ケガで勢いはないものの、ぴょんぴょんと雪の中を駆け抜ける。

雪は昼間の光を浴びて表層を溶かす。氷のようにキラキラと光り輝いていた。

Shooting star

酔っぱらいの浮浪者が現れた。昼間、食べ物が買えずに泥棒をして、追いかけられて森の中へ逃げ出したものの、迷い込んでしまったらしい。町に帰ろうにも帰れば捕まる。行く当てもなく彷徨う内に、この瓦礫の山を見つけた。

「なんだ、こんな所に家があったんか」

ほぼ原型は留めておらず、一休みするにも屋根も無い。しかし

「へぇ~」

浮浪者はピアノを見つけると、ニヤリと笑い、瓦礫の中を漁り始める。それから数時間。夜になると浮浪者は再びピアノの前に現れた。

「けっ。何もないでやんの」

かつて屋敷とおぼしき場所。ピアノを見て何を期待をしたのか、浮浪者は夜まで瓦礫の中を漁り続け、惨敗したようだった。

「でもまぁ、十分ラッキーとしよう」

浮浪者は、かろうじて見つけたランプをピアノの横に置く。瓦礫を避けて座る場所を作り、胸ポケットから瓶を取り出し、飲み物を飲み始めた。空は晴れ。明かりが無い森の中。天の川は空を隔て、星が瞬く音がする。

「それにしてもお前さん。どうやらピアノらしいが、一体どうやったらそこまでブッ壊れちまうことが出来るんだ?」

浮浪者は、ピアノに構わず話掛ける。

「俺だからお前がピアノだってわかったようなものの、こんなにぶっ壊れたピアノは初めて見たぜ。まあ俺も、俺の昔を知っている奴からすれば、相当ブッ壊れて見えるだろうがな。ひぇっひぇっひぇ」

浮浪者は下品な笑い声をたてると、ゴロンと床に寝転がる。

「お!」

空に流れ星。瞬く間に消る星。浮浪者は流れ星に願いを掛けると、願いが叶うと知っていた。しかしあの一瞬で、消える前に願いを3回も、どうやったら言えるのかとつくづく考える。月のない新月の夜。いつもより空は星を輝かせる。

「俺はよう、昔ピアニストだったんだ。結構人気者で、女どもからキャーキャー言われてたんだぜ。でもよ、人気なんて流行りが終わればそれで終わり。世知辛いもんさ。と言っても、俺は言わば自業自得だけどよ。でもお前さんは人間の勝手でこんな姿にされちまってなぁ」

浮浪者は飲み物が無くなったのか、ズズッと瓶を啜る。今度はズボンのポケットから、古びた写真を取り出すと、ピアノらしきものの上に置く。

「さっき見つけたんだ。これ、お前さんの写真だろ」

ピカピカの立派なピアノと一緒に、美しい女性が写っている。浮浪者はランプを近づけ写真を見る。

「もし弦でも残ってりゃ多少は弾いてやれたんだが…もう駄目だな。可愛そうに」

浮浪者はピアノと一緒に夜を過ごすと、翌朝水を入れた瓶を胸ポケットにしまう。

「弾いてやれなくてごめんな」

と、ピアノと瓦礫に別れを言うと、森の中に消えていく。誰も居ない瓦礫の合間に、野の花が咲いている。いずれは土に還るであろう瓦礫は、ただ静かに佇んでいた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました